著者は、詩人ボードレールに認められたフランスの作家であり、名門貴族の末裔でもある。本作はアンドロイドという言葉がはじめて提示された作品。出版されたのが1886年であるから、カレル・チャペックが戯曲「R.U.R」(ロッサム ユニバーサル ロボット会社)において、強制労働を意味するチェコ語のrobotaを元に「ロボット」という
言葉を作り出したのが1920年であるから、それよりも34年も早く、アンドロイドという言葉がつくられていたことになる。
ちなみに厳密には「アンドロイド」は、男性型人造人間をさし、女性型は「ガイノイド」と称する
(ロボット、人造人間の起源を「オートマトン」に重ね合わせるとするならば、ヨーロッパにおいて14世紀ころからからくり人形として現実に精巧なものが作られている。)
主人公のエワルドという青年貴族が、絶世の美女である自分の恋人、アリシヤ・クラリーの、外見とはかけ離れた、低俗で下劣な性格、特質に悩んでいたところへ、希代の発明家エジソン(かの「メンロパークの魔術師」トーマス・エジソン)から、「完璧な理想の女性」を作り出すことを提案する。
本作は全編の八割ほどを、エジソンの作り出す、「人造人間ハダリー」の機構の説明とその機能の説明に費やすという、驚くべき構成である。実際に19世紀当時で予想し得た限界の技術がそこではことこまかに語られている。ハダリーは電気と機械で動き、蓄音機に使われる真鍮製の筒に、言葉や動作のデータを記録された機械人形であるが、外見は特殊な樹脂で覆われ、毛髪や体臭にいたるまで人工的につくられ、人間と区別がつかないという。
今日、一般的にアンドロイドは機械然とした「ロボット」とは異なり、人間に限りなく近い外見や機能を持つことが前提とされており、SF作品の中では、有機物で構成されたものも多い。チャペックの「R.U.R」に登場する工場勤務のロボット達は、機械ではなく、生体として構成された、人造人間として描かれているので、「ロボット」と「アンドロイド」は結果的に意味が入れ違ったかたちとなる。
作品中、エワルドは人間でないもの、いってみれば怪物に対して、愛をいだくことができるのか、仮にもしいだくことができたとしても、それは背徳的、非倫理的な行為なのではないかと、エジソンをいぶかるが、完成したハダリーの「完璧な理想の女性」としての姿をまのあたりにし、エジソンの説得により、二人で航海に出る。
しかしながら出航直後の客船の難破でハダリーは海底に沈むこととなり、最後にエワルドからエジソンにあてて電報がうたれるところで物語は完結する。
「ハダリーノコトノミ痛恨に堪ヘズ。 タダコノ幻ノ喪ニ服セム」
この電報に、「幻」とあるが、ここにエジソンの全精力をかけた「人造人間ハダリー」はその力を発揮することなく、エワルドにとっては、青春の幻影としての存在としかなることができなかったことを意味していると考える。
また、2004年に公開された劇場アニメ「イノセンス」(士郎正宗原作、押井守監督)
に登場するロクスソルス社のガイノイドが「ハダリ」である。
原題:L’EVE FUTURE(1886)
著者:ヴィリエ・ド・リラダン伯爵(1838-1889)
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