16世紀、イギリスの作家、トマス・モアの描いた、数あるユートピア物語の先駆け。ユートピアはトマス・モアの造語であり、ギリシア語のoutopos(ouは否定、toposは場所)を語源にしている。これは「どこにもない場所」という意味であり、トマス・モアは架空の理想郷としてユートピア国を描いた。
本書では、ユートピア国の、政治、風俗、文化、教育、経済などについてことこまかに書かれているが、内容は、「成功した社会主義」といえるものである。
ユートピア国では社会の構成員全体で、生産と配分を共有することにより、需要と供給が常に最善の状態で保たれているがゆえに、無駄な生産、労働の必要がなく、豊かな社会が滞りなく営まれている。だが、ここに描かれている、ユートピア国の国民は、美徳のかたまりのような人々で、奢らず、怠けず、欲をかかず、ただひたむきに生産にはげみ、日々の暮らしを送ることそのものに喜びを感じるという、まったくもって理想的な社会主義の構成員として描かれており、トマス・モアの論じる、様々な無駄がなく、競争のない、経済活動などの成り立ちは、この理想的な人々の「善の特質」に、最終的にはゆだねられているにすぎず、現在の観点から読んでいくと、まったくの夢物語としてうつらざるを得ない。
本書ではじめて示された、架空の国家の姿を通して、現実の社会を風刺するという手法は「ユートピア文学」というひとつのジャンルとして確立され、「アンチ・ユートピア(ディストピア)文学」も含め、現在にいたるまで、数多くの物語が描かれている。

原題:「Utopia」(1516)
著者:トマス・モア(1478-1535)

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