詩人、工芸家、装丁作家、装飾デザイナーとして有名なウィリアム・モリスのユートピア物語。
ウィリアム・モリス本人を思わせる主人公が、ある朝目を覚ますと、そこは200年後(21世紀)のロンドンであり、そこは人々が喜びのもとに労働を行う、工芸家、芸術家たちのユートピアであった。機械産業文明は捨て去られ、工芸家の手による、手作りの建築物や工芸品のみに価値があるとされ、19世紀当時にすでに、工場排水によってよどみきっていたテムズ川の流れは澄んだものになっていた。
その世界における社会の成り立ちは「成功した社会主義」といえるもので、そこにはもはや、通貨は存在せず、驚くべきことにお互いがお互いに必要なものを提供しあうことによって(物々交換の意ではなく、人々は必要なものを必要なときに必要なだけ、わけてもらえるという構造)人々の生活は成り立っていた。それは、人々が、野良仕事であれば野良仕事、学問であれば学問と、それぞれに好きなことを好きなときに好きなだけ働いているだけで、社会活動が滞りなく営まれているという、SFというよりも、むしろ夢物語、ファンタジーと考えたほうが良い社会構成である。
その社会で人々は都市部に集中してあくせくと働くのではなく、農村部に適度に散らばって済み、各々が中世の農村のような生活をしており、現在のアメリカ、ペンシルバニア州やオハイオ州に暮らす、アーミッシュたちの生活を想起させる。
本書は手工芸を愛する、工芸家としてのウィリアム・モリスが、イギリスの機械万能主義への批判をこめて描かれているが、結末が主人公が「夢を見ていたと感じる」ことから、モリスの夢想がまさに夢物語にすぎないというアイロニーとなっていると感じる。

原題:「News from Nowhere」(1890)
著者:ウィリアム・モリス(1834-1896)
(C)岩波書店