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FIELD NOTES / 04

「うーん、いいねー」
しか言わなかった師匠、組版の鬼

2026年10月 石井 洋平

取引先からも社内からも「組版の鬼」と呼ばれていた人がいました。私の師匠です。

24歳から31歳までの7年間、私はほぼ毎晩、この師匠と朝まで仕事をしていました。その7年間、師匠は仕事のやり方を、ひとつも言葉にしませんでした。それでも、私がいま持っている速さと判断は、全部この人から来ています。

師匠

師匠は私より27歳上で、父と同い年でした。DTP が始まるずっと前から、組版をしてきた人です。

勤めていたデザイン事務所にはデザイナーが大勢いましたが、朝まで師匠に付き合う若手は、私一人でした。おかげで私は、師匠を独り占めできました。

体が計器だった

  • 一文字ずつ手で詰めて組んだキャッチコピーが、絶品だった。
  • フリーハンドで正円を描く。
  • 大きな紙から、定規を使わずに、目測だけでA4を一発で切り出す。
  • 紙を触っただけで、斤量と紙の種類を言い当てる。
  • 刷り上がりを見ただけで、CMYK の数値、文字の Q 数、書体、DIC や PANTONE の特色の番号まで言い当てる。
  • 一晩で、200ページの雑誌を4冊組んだ。

私には、魔法のように見えました。

釣りは教えてくれた

師匠の趣味は釣りでした。釣りのことは、手取り足取り、細かすぎるほど教えてくれました。糸の結び方、ロッドの持ち方、キャストの仕方、リールの扱い、網の使い方までです。

ところが仕事のことになると、何も言いません。

出し惜しみでも、教えるのが下手だったのでもない、と今は思っています。言葉にできることは、師匠は全部言葉にする人でした。組版の判断は、規則の形で言った瞬間に嘘になります。だから言わなかったのだと思います。

「うーん、いいねー」

私が組んだ版面を見せると、師匠は「うーん、いいねー」としか言いませんでした。

あとで師匠が黙って直していて、私がそれを知るのは、刷り上がったあとです。最初のうちは、何度もそうでした。それが、だんだん直されなくなっていきました。

直される数が減っていくこと。それが、7年間でただ一つの成績表でした。

言葉で指摘されれば、その場では直せます。でも、それでは身につきません。刷り上がりと自分の版面の違いを自分で探すうちに、判断が少しずつ、こちらに移ってきました。

夜明けの案

締切は明け方なのに、夜通し、第二次大戦のプロペラ機のエンジンの話をしていました。どの仕組みが美しいか、といった話です。これも師匠の趣味でした。

そして夜明けごろに、とんでもなく良い案が出て、間に合う。それが毎晩でした。

今思えば、あれもデザインの話でした。必要から生まれた形が、そのまま秩序になっている。飾りがひとつもないのに、整っている。組版をする人間が、一番好きなものです。

「なんの心配もいらない」

2007年、28歳のとき、私は個人事業の届けを出しました。会社に許可をもらって、個人でもデザインの仕事を受けるようになったためです。そして2010年の春、31歳で事務所を辞めて独り立ちしました。

不景気の底でした。社長も役員も、全員が心配して、無理だと言いました。いちばんの心配は、お金のことでした。

師匠だけが、こう言いました。

「なんの心配もいらない。通用しないはずがない。力をみせてやれ」

7年間、一度も褒めなかった人の言葉です。

なぜ書き残すのか

師匠は、もう引退しています。あの技術を言葉で残した人は、いません。規則の形にした瞬間に嘘になる種類の技術だったからです。

ここに書けたのは、技術そのものではありません。それが、人から人へどうやって移ったか、だけです。

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FIELD NOTES は、筆者が見聞きしたことの記録です。記憶にもとづいて書いているため、細部が事実と異なる場合があります。確かめられたことと、記憶や伝え聞きの部分は、できるだけ書き分けています。

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